2010年12月31日
2010年12月31日
今日の困ったちゃん 84
「プロジェクト遊」の一年の締めくくりは、やっぱり困ったちゃんですよね~
うちの今年のゴミ収集は28日(火)で終わり、来年の開始は1月4日(火)です。
そのお知らせはちゃんとゴミステーションにも掲示しているし、同じ物のコピーが各マンションの掲示板や管理人室、コインランドリーの入り口などにも貼り出されています。

知らなかったとは言わせない。
わかっちゃいるけど部屋にゴミ袋を置いていると臭うからと、夜明け前にゴミを出す住人。

久しぶりにベタな困ったちゃんだ。

案の定、カラスに荒らされていた。

犯人が階段から下りてくるところが写っている。
この階段の3階か4階の4室のどれかに住んでいる住人に絞られる。

ゴミを調べてみると髭剃りカミソリが入っていたり、残飯などもポリ袋に入れず直接ゴミ袋に放り込んであるところを見ると一人暮らしの男性っぽい。
もうこれで犯人はほぼ確定だが、用心深く郵便物など本人を確認できるものは入っていなかったため突き返すことができない。
しょうがない。カミソリだけは金属ゴミに分けて、4日に私が出すしかなさそうだ。
それでは皆さん、よいお年を (^_^)/
うちの今年のゴミ収集は28日(火)で終わり、来年の開始は1月4日(火)です。
そのお知らせはちゃんとゴミステーションにも掲示しているし、同じ物のコピーが各マンションの掲示板や管理人室、コインランドリーの入り口などにも貼り出されています。

知らなかったとは言わせない。
わかっちゃいるけど部屋にゴミ袋を置いていると臭うからと、夜明け前にゴミを出す住人。

久しぶりにベタな困ったちゃんだ。

案の定、カラスに荒らされていた。

犯人が階段から下りてくるところが写っている。
この階段の3階か4階の4室のどれかに住んでいる住人に絞られる。

ゴミを調べてみると髭剃りカミソリが入っていたり、残飯などもポリ袋に入れず直接ゴミ袋に放り込んであるところを見ると一人暮らしの男性っぽい。
もうこれで犯人はほぼ確定だが、用心深く郵便物など本人を確認できるものは入っていなかったため突き返すことができない。
しょうがない。カミソリだけは金属ゴミに分けて、4日に私が出すしかなさそうだ。
それでは皆さん、よいお年を (^_^)/
2010年12月30日
不審者しょうのみを監視せよ!
ミャンマーの農村に小学校と中学校を建設して以来、毎年日帰りで両校を訪問してきたが、今回初めて1泊した。
1日目に西タンビングウエイ村小学校を訪問して、4時ごろ宿泊先の “ シュエティーリー・ゲストハウス ” へ行き、夕食時間まで部屋で休憩していた。
7時ごろ夕食を食べにフロントへ行ってみると、ゲストハウスのご主人が次々とかかってくる電話に困惑した様子で応対していた。

どうやら私のことについての問い合わせの電話らしい。
外国人立ち入り禁止地域のエーヤワディ管区のこんな辺鄙な農村へ、わざわざ入域許可を取ってまで泊りがけでやってくる外国人は今までいなかった。
「やってきた目的はなんだ?」「村とどういう関係だ?」「そこで何をしているのだ?」「何時に宿へ着き、明日は何時に出発する予定か?」「今日はどこへ行き、明日はどこへ行くのか?」「明日は何時にヤンゴンへ帰るのか?」・・・
当局からの問い合わせを受け、驚いた村の役場や警察などからひっきりなしに電話がかかってくる。
村始まって以来の珍客の訪問に、役場も警察も大騒動になっているらしい。
そしてついに一人の役場の職員が貧乏くじを引かされ、私の正体を確かめにゲストハウスへやってきた。
怖いもの見たさで奥さんや子供たちまでついてきた。

電話の時とは打って変わって、とても低姿勢で笑顔を絶やさず、私の機嫌を損ねないように細心の注意を払いながら質問している様子がひしひしと伝わってくる。
私を怒らせたら日本との外交問題に発展するとでも心配しているのだろうか。
翌日、北マヤングウエイ村中学校の訪問を終え、ヤンゴンへ戻る道の交差点ごとに警官が立ち、私の乗っている車のナンバーを控えていた。
「15時25分、例の日本人を乗せた車がΟО交差点を通過」と当局へ報告しているのだろう。
軍事独裁国家ミャンマーの鉄壁の監視体制を身をもって思い知らされた出来事だった。
1日目に西タンビングウエイ村小学校を訪問して、4時ごろ宿泊先の “ シュエティーリー・ゲストハウス ” へ行き、夕食時間まで部屋で休憩していた。
7時ごろ夕食を食べにフロントへ行ってみると、ゲストハウスのご主人が次々とかかってくる電話に困惑した様子で応対していた。

どうやら私のことについての問い合わせの電話らしい。
外国人立ち入り禁止地域のエーヤワディ管区のこんな辺鄙な農村へ、わざわざ入域許可を取ってまで泊りがけでやってくる外国人は今までいなかった。
「やってきた目的はなんだ?」「村とどういう関係だ?」「そこで何をしているのだ?」「何時に宿へ着き、明日は何時に出発する予定か?」「今日はどこへ行き、明日はどこへ行くのか?」「明日は何時にヤンゴンへ帰るのか?」・・・
当局からの問い合わせを受け、驚いた村の役場や警察などからひっきりなしに電話がかかってくる。
村始まって以来の珍客の訪問に、役場も警察も大騒動になっているらしい。
そしてついに一人の役場の職員が貧乏くじを引かされ、私の正体を確かめにゲストハウスへやってきた。
怖いもの見たさで奥さんや子供たちまでついてきた。

電話の時とは打って変わって、とても低姿勢で笑顔を絶やさず、私の機嫌を損ねないように細心の注意を払いながら質問している様子がひしひしと伝わってくる。
私を怒らせたら日本との外交問題に発展するとでも心配しているのだろうか。
翌日、北マヤングウエイ村中学校の訪問を終え、ヤンゴンへ戻る道の交差点ごとに警官が立ち、私の乗っている車のナンバーを控えていた。
「15時25分、例の日本人を乗せた車がΟО交差点を通過」と当局へ報告しているのだろう。
軍事独裁国家ミャンマーの鉄壁の監視体制を身をもって思い知らされた出来事だった。
2010年12月29日
援助の光と影 3
北マヤングウエイ村中学校は、もともと地元の学校関係者や僧侶たちが協力して作っていた学校だった。
【援助前の北マヤングウエイ村中学校】



何年もかけて彼らの地道な努力でコツコツとやっとここまで作ってきた学校を、突然やってきた似合わない民族衣装を着た妙な日本人が一気に完成させてしまったのだった。



昨年、中学校を訪問した時にこのお坊さんにお布施として100ドルを差し上げた。
みんな初めて見る100ドル札を囲んで、珍しそうに眺めていた。
「あの100ドルでこれを買いました」と得意げに見せるお坊さん。

ゲーム機!?
なんでそんなものを?それは日本の子供たちがみんな持っているおもちゃじゃないか!
「おもちゃじゃない!子供たちの成長を記録するために必要だったんだ!」
(確かにデジカメ機能もビデオ機能もついているが・・)
そう言いながら学校の隅でこのクソ坊主がゲームをして遊んでいるところを私は見逃さなかった。

「それよりも、ひとつお話があります。高校はこの村からとても遠い。片道3時間以上かかる。雨季は道がぬかるんで自転車も使えず、歩いていくのにも泥に足を取られて学校へ着いた時にはへとへとに疲れてしまい勉強に身が入らない。どうかここに高校を作ってください。お願いします」と、私の怒りをかわすかのようにヤツは気色の悪い笑顔で言うのだった。
やってしまった!!
あまりの経済力の違いに彼らは自分たちで努力することをやめ、すべてこの日本人に頼るようになってしまったのだ。
そして出してきた見積書は3万5千ドル。
にゃにお~!!
小学校を寄付した時の建設費用が1万5千ドルだったのに、なんだこの金額は!?
小学生がそこで勉強すれば小学校だし、高校生が学べば高校になるだけで、校舎そのものにそんなに違いはないはず。
援助が彼らの自立心を萎えさせ、依存心を芽生えさせ、欲望をかき立てさせ、詐欺を企てさせてしまった。
責任は私にある。
責任は重々感じているが、それでもその程度のはした金で戒律を破るなど僧侶としての修行が足らん!
高校生が通学に難儀しているのは事実だろう。助けてやりたいとは思うが、この欲に目が眩んだ大人たちがいる限り、もうここへは援助することはできない。
ヤツらの目を覚まさせ、昔のように子供たちのために頑張っていた、いい大人たちに戻すにはどうしたらいいのだろう・・?
【援助前の北マヤングウエイ村中学校】



何年もかけて彼らの地道な努力でコツコツとやっとここまで作ってきた学校を、突然やってきた似合わない民族衣装を着た妙な日本人が一気に完成させてしまったのだった。



昨年、中学校を訪問した時にこのお坊さんにお布施として100ドルを差し上げた。
みんな初めて見る100ドル札を囲んで、珍しそうに眺めていた。
「あの100ドルでこれを買いました」と得意げに見せるお坊さん。

ゲーム機!?
なんでそんなものを?それは日本の子供たちがみんな持っているおもちゃじゃないか!
「おもちゃじゃない!子供たちの成長を記録するために必要だったんだ!」
(確かにデジカメ機能もビデオ機能もついているが・・)
そう言いながら学校の隅でこのクソ坊主がゲームをして遊んでいるところを私は見逃さなかった。

「それよりも、ひとつお話があります。高校はこの村からとても遠い。片道3時間以上かかる。雨季は道がぬかるんで自転車も使えず、歩いていくのにも泥に足を取られて学校へ着いた時にはへとへとに疲れてしまい勉強に身が入らない。どうかここに高校を作ってください。お願いします」と、私の怒りをかわすかのようにヤツは気色の悪い笑顔で言うのだった。
やってしまった!!
あまりの経済力の違いに彼らは自分たちで努力することをやめ、すべてこの日本人に頼るようになってしまったのだ。
そして出してきた見積書は3万5千ドル。
にゃにお~!!
小学校を寄付した時の建設費用が1万5千ドルだったのに、なんだこの金額は!?
小学生がそこで勉強すれば小学校だし、高校生が学べば高校になるだけで、校舎そのものにそんなに違いはないはず。
援助が彼らの自立心を萎えさせ、依存心を芽生えさせ、欲望をかき立てさせ、詐欺を企てさせてしまった。
責任は私にある。
責任は重々感じているが、それでもその程度のはした金で戒律を破るなど僧侶としての修行が足らん!
高校生が通学に難儀しているのは事実だろう。助けてやりたいとは思うが、この欲に目が眩んだ大人たちがいる限り、もうここへは援助することはできない。
ヤツらの目を覚まさせ、昔のように子供たちのために頑張っていた、いい大人たちに戻すにはどうしたらいいのだろう・・?