2009年09月01日

お母さんのギター

一週間のご無沙汰でした。
別に旅に出ていたわけではなく、困ったちゃんも現れず平穏な日々が続き、特に書くネタがなかっただけです。

久しぶりの今日のネタはドラマスタジオの劇団員の女性から修理を頼まれたギターの話。
中学生の息子さんがギターに興味を持っているようなので、自分が使っていたギターをあげたいから直してほしいと頼まれました。



見たらペグ(糸巻き)の部品がなくなっているだけなので、簡単に直りますよと引き受けました。



ペグを買いに、焼肉「勢」豊田司店さんの向かいの楽器屋「ロッキン」さんへ。



ギターを修理しながら、自分がフォークソングに夢中になっていた高校時代を思い出しました。
吉田拓郎、泉谷しげる、井上陽水らが次々とデビューし、彼らに夢中になっていた当時の高校生たちは、学生の本分は勉強であり、フォークやロックなどという低俗な音楽に現を抜かしているような者は不良だと先生や親たちから怒られたものです。
そして、何の疑問も抱かずに大学を目指して勉強していた高校1年の私の耳にも、拓郎の暴力的な歌声が飛び込んできました。
「これこそはと信じれるものが、この世にあるだろか?」(イメージの詩)
「誰かが聞いた、お前は何のために生きてるの?」(私は狂ってる)
何のために生きるのか?何のために進学するのか?何のために勉強するのか?・・・答えが見つからず苦悶した挙句、目的もなしに憎たらしい親や先生たちの世話になってまで大学へ行きたくないと進学を拒否してしまった。
話が長くなるので途中を飛ばして28歳のとき。演劇つながりで就職したストリップ劇場。毎日舞台で裸で踊り、何人もの客に体を売り、報酬の大半をプロモーターに搾取されながら国の家族に仕送りするフィリピン人の娘たちとの出会い。そのストリップ劇場を退職した直後、今度は音楽つながりで音楽講師として招かれた某私立女子高。恵まれすぎて無軌道で自堕落な毎日を過ごし、新米の先生(私)をからかいいじめて退屈しのぎをする「お嬢様」たちとの出会い。
生まれた環境の違いから、同じ年頃の娘たちのあまりに違う生き方を同時に目の当たりにしたショックは大きかった。
その後、アジアの貧困問題に首を突っ込み、活動資金の必要に迫られ、断絶していた親父に頭を下げ豊田へ戻り家業を継いだ。

「お前は何のために生きてるの?」
今、私はこう答える。人を生かし、自分を生かすために生きているのさ。


そんなことを言っている間に修理完了!






あの頃大人たちから目の敵にされていたフォークギターが、今は親から子へ譲られるなんて、時代が変わったなぁ・・  

Posted by しょうのみ at 13:48日記