2008年07月06日
2008年07月06日
トゥクトゥクのある風景 歴史編 1
野見神社
境内へは車両は入れないため入り口で撮影

境内

豊田市を流れる矢作川のほぼ中流域の東岸に、お椀を伏せたような美しい形の小山があります。これが野見山で、その山頂には延喜式加茂7座に列せられた「野見神社」があります。
祭神は相撲と土師(土器造り)の祖と言われる野見宿禰(のみのすくね)で、古来より信仰の山として知られています。

本殿に向かって左、社務所前に大きな花崗岩の自然石があり、これは古代人が拝礼の対象として祭事を行った磐座と考えられています。

相撲の元祖-野見宿禰(のみのすくね)
その昔、北葛城郡の当麻(奈良県)に大変力の優れた「当麻蹴速(たいまのけはや)」という人がいました。角を裂いてしまうほどの強力、曲がったカギをまっすぐにのばすことは簡単に、その上、足で人を蹴り倒す事については日本一。
「自分より強いものはいない!いるのだったら力くらべをしてみたい」と豪語していた当麻蹴速に対して、それを聞いたときの天皇『垂仁天皇』が、力の強いものを探し、力を競わせたのが出雲の国の「野見宿禰」です。
垂仁天皇の命を受け、当麻蹴速と相撲をとって力を競った野見宿禰は、当麻蹴速を見事蹴り倒し、勝ち名乗りを挙げました。この戦いが、日本最古の相撲だと言われています。
その後、当麻蹴速に勝った野見宿禰は、蹴速の土地を授かり、そのまま天皇にお遣えするようになりました。
この事から、野見宿禰は相撲の神様と崇められ、相撲の元祖と呼ばれ、今日まで語り継がれています。
境内へは車両は入れないため入り口で撮影

境内

豊田市を流れる矢作川のほぼ中流域の東岸に、お椀を伏せたような美しい形の小山があります。これが野見山で、その山頂には延喜式加茂7座に列せられた「野見神社」があります。
祭神は相撲と土師(土器造り)の祖と言われる野見宿禰(のみのすくね)で、古来より信仰の山として知られています。

本殿に向かって左、社務所前に大きな花崗岩の自然石があり、これは古代人が拝礼の対象として祭事を行った磐座と考えられています。

相撲の元祖-野見宿禰(のみのすくね)
その昔、北葛城郡の当麻(奈良県)に大変力の優れた「当麻蹴速(たいまのけはや)」という人がいました。角を裂いてしまうほどの強力、曲がったカギをまっすぐにのばすことは簡単に、その上、足で人を蹴り倒す事については日本一。
「自分より強いものはいない!いるのだったら力くらべをしてみたい」と豪語していた当麻蹴速に対して、それを聞いたときの天皇『垂仁天皇』が、力の強いものを探し、力を競わせたのが出雲の国の「野見宿禰」です。
垂仁天皇の命を受け、当麻蹴速と相撲をとって力を競った野見宿禰は、当麻蹴速を見事蹴り倒し、勝ち名乗りを挙げました。この戦いが、日本最古の相撲だと言われています。
その後、当麻蹴速に勝った野見宿禰は、蹴速の土地を授かり、そのまま天皇にお遣えするようになりました。
この事から、野見宿禰は相撲の神様と崇められ、相撲の元祖と呼ばれ、今日まで語り継がれています。