2011年09月26日
今、ミャンマーが注目の的
「政府はミャンマーとレアアース(希土類)を含む天然鉱物資源を共同開発する方針を固めた」と、今日の中日新聞に載っていた。
昨日のNHKニュースでも、アジアで今最も人件費が安いミャンマーに日本の企業がたくさん視察に来ている話題が放送されていた。
軍事独裁政権から形式的ながら民政へ移管し、最近はインターネットの規制も緩和されてきているとのこと。
去年はミャンマーからのブログ更新はできなかったが、もしかしたら今回はできるかもと期待している。

何より私が驚いているのは、軍政を親の敵のように敵視していたあのスーチーさんが現政権に肯定的な態度を見せていること。
あの頑なだったスーチーさんがねぇ・・。

ミャンマーの政権移管や規制緩和までのやり方を見ていると、なんだか『とよた市民野外劇』から現在の豊田市の演劇活動までと重なって見えてしまう。
あの時、「市民の手で野外劇を上演しよう」と市民の参加を募りながら、実際にはいわば行政側の独裁で話が進められていった。
参加した市民からの反発の声は少なくなかったが、じゃあ彼らに本当にあんな大きな事業を実現できる力量があったのかと聞かれれば非常に心許無かった。
その後、演劇を企画、立案から開催までできる実力のある市民を育てようと、演技から裏方の仕事まで演劇のすべてを学べる『とよた演劇アカデミー』が開講し、現在は第四期生が学んでおり、卒業した第一、二、三期生はそれぞれ自分たちで劇団を旗揚げし頑張っている。
ミャンマーの場合も選挙でスーチーさんが大勝したとはいえ、投票した国民の大多数は貧しくて高等教育を受けておらず、投票に際して正しい判断ができていたのかは非常に心許無かった。
スーチーさんはといえば、これまたイギリス人と結婚してイギリスで普通の主婦をしていた女性で、たまたま母親の病気の見舞いのためにミャンマーへ帰国していたところを政治活動家たちにシンボルとして担ぎ出されてしまっただけの政治経験はまったくない素人である。
そんな人に国の舵取りを任せるのも非常に心許無い。
スーチーさんに投票した大多数の国民は、ただ『祖国の英雄アウンサン将軍の娘』というカリスマ性に心酔して投票したにすぎないと、祖国の将来を危惧した軍部が選挙結果を無視して独裁体制を敷いた。
そして軍政のもと国づくりを推し進め、時を見計らって民政へと移管した。中東のようなデモも暴動もなく粛々と。
(フリーカメラマン長井健司さんが射殺された先のデモは今回の民政移管とは関係ない)
ウソもついた。不公平もあった。たくさんの人たちを泣かせてきた。でもそうするしかなかった。
ミャンマーの独裁政治も、豊田の野外劇や演劇教育も、それが正しかったかどうかはすべてこれから証明される。
昨日のNHKニュースでも、アジアで今最も人件費が安いミャンマーに日本の企業がたくさん視察に来ている話題が放送されていた。
軍事独裁政権から形式的ながら民政へ移管し、最近はインターネットの規制も緩和されてきているとのこと。
去年はミャンマーからのブログ更新はできなかったが、もしかしたら今回はできるかもと期待している。

何より私が驚いているのは、軍政を親の敵のように敵視していたあのスーチーさんが現政権に肯定的な態度を見せていること。
あの頑なだったスーチーさんがねぇ・・。

ミャンマーの政権移管や規制緩和までのやり方を見ていると、なんだか『とよた市民野外劇』から現在の豊田市の演劇活動までと重なって見えてしまう。
あの時、「市民の手で野外劇を上演しよう」と市民の参加を募りながら、実際にはいわば行政側の独裁で話が進められていった。
参加した市民からの反発の声は少なくなかったが、じゃあ彼らに本当にあんな大きな事業を実現できる力量があったのかと聞かれれば非常に心許無かった。
その後、演劇を企画、立案から開催までできる実力のある市民を育てようと、演技から裏方の仕事まで演劇のすべてを学べる『とよた演劇アカデミー』が開講し、現在は第四期生が学んでおり、卒業した第一、二、三期生はそれぞれ自分たちで劇団を旗揚げし頑張っている。
ミャンマーの場合も選挙でスーチーさんが大勝したとはいえ、投票した国民の大多数は貧しくて高等教育を受けておらず、投票に際して正しい判断ができていたのかは非常に心許無かった。
スーチーさんはといえば、これまたイギリス人と結婚してイギリスで普通の主婦をしていた女性で、たまたま母親の病気の見舞いのためにミャンマーへ帰国していたところを政治活動家たちにシンボルとして担ぎ出されてしまっただけの政治経験はまったくない素人である。
そんな人に国の舵取りを任せるのも非常に心許無い。
スーチーさんに投票した大多数の国民は、ただ『祖国の英雄アウンサン将軍の娘』というカリスマ性に心酔して投票したにすぎないと、祖国の将来を危惧した軍部が選挙結果を無視して独裁体制を敷いた。
そして軍政のもと国づくりを推し進め、時を見計らって民政へと移管した。中東のようなデモも暴動もなく粛々と。
(フリーカメラマン長井健司さんが射殺された先のデモは今回の民政移管とは関係ない)
ウソもついた。不公平もあった。たくさんの人たちを泣かせてきた。でもそうするしかなかった。
ミャンマーの独裁政治も、豊田の野外劇や演劇教育も、それが正しかったかどうかはすべてこれから証明される。
Posted by しょうのみ at 14:38
│日記